運命の1988年2月10日 激闘!ドラゴンクエストⅢ購入奮闘記

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今から28年前、1988年(昭和63年)2月10日、ドラゴンクエストⅢ発売。リアルタイムで購入し、遊んだ世代だ。この時の感動、興奮が忘れられなくて、大人になった今ゲームを、いやドラクエⅩだけをプレイしているという人も多いと思う。ドラクエⅩのプレイヤー層に、30代、40代が多いのはきっとこのためだ。

DQ3_256kB
ドラクエⅢはファミコン全盛期の真っ只中で発売された。当時、一家に1台はファミコンがあるといわんばかりの勢いで、休日の遊びといったらファミコンが定番だった。ドラクエⅢは当時としては大容量の2Mbit(256kB)ROMだったが、この画像のサイズと同じだ。256kBの中に広大な冒険が広がっていたんだ。

そんな思い出深いドラクエⅢを、ちょっとばかし回顧してみようと思う。

 

 

■戦いは発売前から始まっていた

何より当時最大級の少年漫画雑誌「週刊少年ジャンプ」と連携していたことが大きかった。当時のジャンプはドラゴンボールを筆頭とした大人気雑誌。同級生の誰もが読み、同級生の誰もがその内容を学校で話題にしていた。ドラゴンクエストは何よりドラゴンボールの鳥山明がモンスターデザインをしているということが非常に大きかった。ドラゴンクエスト、ドラゴンクエストⅡで大成功をおさめ、ドラゴンクエストⅢは否応なしに注目度が高かった。誰もがジャンプを読むのと同様、誰もがドラゴンクエストⅢをやる。やらなければ話題についていけない、取り残される。そんな雰囲気があった。
学校で、「担任の先生の息子もドラクエⅢを狙っている」という話題で盛り上がった。もはやドラクエⅢは子どもたちだけの話題ではなく、大人たちにも認知度抜群だったのだ。

当時は携帯電話もスマホもインターネットも無ければパソコンも生活には浸透していない時代。ゲームソフトの購入でできることは、玩具店での事前予約くらいだった。私は静岡県の御殿場という片田舎に住んでいたが、田舎の玩具店に入荷するゲームソフトなど、その数はわずかである。予約開始後あっという間に予約枠は満ぱいになり、私は出遅れ、どこの店の予約もとれないという絶体絶命の危機に瀕していた。


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当時、ファミコン雑誌といえばファミマガ、マル勝ファミコン、ファミコン必勝本などがあり、最大手はファミコン通信(現ファミ通)であった。インターネットがないこの時代、購入や攻略の参考になるのはゲーム雑誌くらいのものだ。そのファミコン通信で、ドラゴンクエストⅢのレビューがついに載る。10点が並ぶ。満点の10点なんて通常つくことはなく、最高レベルの評価といえる。期待はどんどん膨らんでいく。

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「暗黒の魔王バラモスの野望を打ち砕くため、ついに4人の勇者が立ち上がった。触れたら最後。日本全土がハルマゲドン!ドラゴンクエストⅢ そして伝説へ・・・」
ドラクエⅢのテレビCMが何度も流れ、脳裏を繰り返しよぎり続ける。

私には1学年下の妹が1人いる。その妹がついに、
「私もドラクエⅢをやりたい。」
と言い出した。ドラクエⅢは冒険の書が3つ作れる。なので可能といえば可能だ。しかし、
「買ってすぐプレイしたい」
というのだ。買ったら当然私がプレイに没頭する。妹がプレイする時間はない。当時ファミコンを独占していたのは兄である私だった。こればかりは譲れない。

妹がファミコン本体を買った。中古のテレビまで買った。

妹は妹でドラクエⅢ専用機を準備したのだ。ドラクエⅢのためだけに。我が家のファミコン本体が2台になった瞬間だった。

 

 

■2月10日発売日の攻防

2月10日になった。発売日だ。この日は水曜日で平日である。にも関わらず、学校を休んでドラクエⅢを買いに行くという人が全国的に多発した。

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中でも象徴的だったのは池袋のビックカメラの長蛇の列。購入を求めて朝から人が並ぶ。その数、約1万人。できた行列の距離は約1km。警官まで出動。この様子は新聞やテレビで大きく報道され、社会現象にもなった。

2月10日。私は買えなかった。妹も買えなかった。
学校が終わった後、ダメもとで地元の玩具店を全て周ってみたけれど、叶わなかった。地元の玩具店での販売は、どこも予約者のみに対してだけだったからだ。キャンセルすらなく、まだ買われていない予約者販売用の赤いドラクエⅢのパッケージが、棚にあるのがひっそりと見えた。目に焼きついて離れなかった。

しかし、諦めてはいなかった。わずかな望みに賭けていた。私は2月10日が定休日の店を狙っていたのだ。

地元に忠実屋(後にダイエーに吸収)という中型ショッピングセンターがあった。3階に小さな玩具売場がある。忠実屋は毎週水曜日が定休日なのである。2月10日に定休である忠実屋の玩具売場が、ドラクエⅢを販売するのは翌2月11日からである。そして、2月11日は建国記念の日。そう、祝日なのである。学校を気にせず堂々と買いに行ける奇跡の日だった。さらに、この玩具売場は予約受付を実施していない。当日勝負ができる地元唯一の店だ。私は2月11日に勝負を賭けていた。

2月11日の午前7時、忠実屋前に到着した。開店は午前10時。まだ3時間もある。が、自転車置き場が全く開いていないことに驚いた。満車だ。申し訳ないが、隣接する公園に自転車を置く。既にかなりの行列ができていた。自分は50番めくらいだった。知っている友人も既に何人か並んでおり、先頭から3番めには親しい友人のK君がいた。彼は午前5時から並んでいたそうだ。御殿場は標高が400m以上あり、かなり高地で寒い。2月の早朝など寒いこと極まりなしである。スマホなんて便利なものなど当然なく、時間つぶしに困る。拷問だ。
列の周りから聞こえてきた噂では、この忠実屋の玩具売場にはドラクエⅢが100個入荷するらしい。こんな田舎の売り場に100個なんて奇跡の数である。本当かと疑ったが、そうであれば50番めくらいの自分はなんとか買えるのではないかと安堵した。遥か後方に、妹の姿を見つけた。100番以内に入っているかどうか、微妙な位置だった。

午前10時に近づくにつれ、恐ろしいまでの長蛇の列が出来上がっていた。見た目でも300人以上。たぶんたくさんの人が自分と同じことを考えていたんだ。御殿場でこんな行列ができたのは、初めてマクドナルドができた時以来ではないだろうか。あきらかに入荷予定個数を上回る人数だ。

開店5分前。大変なことが起こってしまった。正面入口より先に、裏の入口が開いてしまったのだ。

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列は正面入口から始まり、忠実屋を囲むようにつながっていた。ところが裏の入口が先に開いてしまったことにより、明らかに100番めより後の列の後方の人たちが、一斉に裏の入口になだれ込んだのだ。大混乱となった。

列は完全に崩壊する。私は咄嗟の判断で裏の入口を選んだ。全力疾走した。エスカレーターでは間に合わない。非常階段から3階に向かって大量の人が走る。私は2階付近の踊り場で店員に止められ、ここから整列させられた。3階の売り場から1階に向けて非常階段に長い行列ができたのだ。何番目かはもはやわからない。3階がどうなっているかもわからない。朝から外にできていた長い列は、まったく意味を成さず、新しい列が店内に形成された。

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買えた。本当に嬉しかった。列はぐちゃぐちゃになったが、100番以内に入った。釣り銭なしの5900円(当時消費税なし)ぴったしを支払った私は、そそくさに店を後にした。非常階段で戻る道中、
「本日発売のファミコン用ゲームソフト・ドラゴンクエストⅢは100個すべて完売いたしました。」
というアナウンスが店内全体に放送されたのを今でも覚えている。こんな田舎の店にゲームソフト完売のアナウンス。ビックリだ。私はギリギリで買えたのだった。

店の外には買えなかったたくさんの人がたむろっており、彼らの目線がとても怖かった。前日の報道で、買えなかった少年の窃盗や恐喝が全国的に多発していることを知っていたからだ。私は自転車で脇目もふらず、一直線に自宅へ向かった。

 

 

■ここは やみのせかい アレフガルドっていうんだ。
ゲームの中身については割愛するが、ドラクエⅢのここだけは触れておきたい。

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この瞬間に尽きる。ドラクエⅢの中でいちばんの衝撃の瞬間。いや、私がこれまでゲームをやってきた中で、最も忘れられない、強烈な印象を残した瞬間。心臓の鼓動が聞こえた気がする。バラモスを撃破後、居城の横にある大穴に飛び込む。そこにあった世界は、闇の世界アレフガルド。初めて自分の中で初代ドラクエ、ドラクエⅡがつながった瞬間。

28年の時を経て、アレフガルドを復興する新しい冒険がスタートを切っている。ぜひ挑戦してみてはどうだろうか。

 

 

■最後に
後日聞いたが、列の3番めに並んでいた友人のK君も無事買えたそうだ。彼は、後から開いた正面入口を選択した。私は非常階段だったが、彼はエスカレーターを使った。裏の入口の多くの面々に順番を奪われはしたが、100番以内には入ることができたそうである。非常階段組とエスカレーター組が3階でどう合流しどう整理されたのかは、2階踊り場にいた私には未だ謎である。

もう1つ。私の妹。彼女も購入に成功していた。私の方が先に買えるはずだったのに、ちゃっかり妹のほうが先に買って帰宅していた。妹の部屋からⅢのBGMらしきメロディーが聞こえ、あわてて自分もプレイを始めた。

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ドラクエⅨ、Ⅹでは「みっく」だが、Ⅲの時につけた名前は考えに考えた挙句「みくまろ」である(笑)。こうして、1日遅れの1988年2月11日。私、みくまろのドラクエⅢの新たなる冒険がスタートを切った。アリアハンの城下町を出て、最初に戦闘したモンスターが、スライムではなく、おおがらすだったことを、何故か鮮明に覚えている。

ドラクエⅢは別格だ。累計販売本数はⅨ、Ⅶに次ぐ、シリーズ史上3番めの380万本であるが、社会的な影響度の大きさは、このⅢがシリーズ史上、いやゲーム史上最大級だったのではと思う。スーパーマリオブラザーズにもファイナルファンタジーにも、ここまでの現象は起こっていない。この時の衝撃を今なお忘れられない、当時小中学生だった我々が28年経ち30代、40代となった今、あの時の感動、興奮を重ね合わせるように、ドラクエⅩに興じている。私もその一人だ。
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運命の1988年2月10日 激闘!ドラゴンクエストⅢ購入奮闘記” への2件のコメント

  1. 争奪戦懐かしい。
    ただ、思い出フィルターがかかっているとしても考慮しても今の10に冒険感は感じない。
    レンダーシア上陸時はワクワクしたんだけどな。

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